美しき中欧4ケ国 周遊10日間


チェコ


(後半)


 クトナー・ホラ
 
 聖バルバラ大聖堂、聖母マリア大聖堂、全聖人墓地教会(セドレツ納骨堂) 





13世紀に銀鉱山が発見されたクトナー・ホラは、中世においては

プラハに次ぐボヘミア王国第二の都市として栄えたそうです。

当時ヨーロッパ全体の三分の一を占めるクトナーホラの銀は

ボヘミア王国の重要な財政基盤になっていたことでしょうね。

クトナーホラの地名は[修道僧の衣装の山]が由来とのことでした。

銀鉱山の労働者は粉じん予防のためフードの付いた

修道僧が着ていたような作業着を着用し、地下坑道で

銀採掘を行っていたそうです。

 





クトナーホラの地図、オレンジ地部分は旧市街






聖バルバラ大聖堂 
聖バラバラ大聖堂は上の地図のようにクトナーホラ旧市街に位置しております。

地元の銀鉱山関係者の寄付により創建された、この教会は

鉱山労働者の守護聖人・聖バルバラ(セント・バーバラ)を祀っております。

中央ヨーロッパ屈指のゴシック様式の教会として知られております。
  










ゴシック建築特有の飛び梁(フライング・バットレス)が重厚感を漂わせる





クトナーホラは鉱山で栄えた街の象徴ともいえる

フードの付いた修道僧衣に似た作業着をまとった

銀鉱・鉱山労働者像が教会内に飾られております。






銀で豊かなクトナーホラは常にプラハと対等になろうと

努力し、この教会もプラハの建築家の設計によるものです。

プラハの聖ヴィート大聖堂の内装とよく似た構造は、なんと

聖ヴィート大聖堂の建築家の息子の設計によるものとの事でした。

納得!





1926年にイエズス会に所属したこの教会は徐々にバロック化されて行きます。

それにしても豪華絢爛なな装飾です。






金銀をふんだんに使用した祭壇です。










ゴシック様式のステンドグラス(部分)










聖バラバラ大聖堂はイエズス会に所属しますが

そのイエズス会は青年の教育に大変力を入れました。

下は1700年に聖バルバラ大聖堂の隣に開校した

イエズス会修道院大学(現在は美術館になっております)

 





大学と大聖堂を結ぶ大学側の小道にはプラハのカレル橋の聖人像に

対抗して(?)12体の聖人像が並んでおります。

 





聖バルバラ大聖堂から望む、美しいクトナーホラ旧市街
 





聖母マリア大聖堂
セドレツ地区に建つ大聖堂です。

1300年頃に創建され、当時としてはチェコ国内で最大のものだったそうです。

15世紀のフス戦争で破壊されたが、1700年以降修復され現在に至っております。

今回は残念ながら、内部を見学する時間はありませんでした。





全聖人墓地教会(セドレツ納骨堂)
セドレツ地区の聖母マリア大聖堂の近くに位置します。

1278年にボヘミア王の命令でセドレツの大修道院長がエルサレムへ派遣され、

帰りにゴルゴダの丘の土を持ち帰り、この修道院墓地にまいたそうです。

それ以来、この墓地は聖地ということで知れ渡り、埋葬希望者が殺到。

墓地が足りなくなり、教会の地下に納骨堂が作られました。

四万人の人骨が納められているそうです。

問題は、そのうちの約一万人の人骨を用いて[人骨シャンデリア][人骨家紋]

などなど、内部は人骨で装飾されていることです。





尖塔のある建物が全聖人墓地教会。手前の地上1階、地下1階の建物が納骨堂
 





尖塔の飾りは、十字架ではなくドクロになっております





人骨、人骨・・・・・・の装飾





人骨の十字架





 





なお、イタリアのローマにも

サンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会として

骸骨教会が存在するそうです。









 



チェスキー・クルムロフ歴史地区


小さい街並みでしたがヴルタヴァ(モルダウ)川の湾曲部に位置し

川で周囲を囲まれた旧市街は中世の街並みを今に残しておりました。

なお、現地ガイド談によると

チェスキー=チェコ語でボヘミア、クルムロフ=川の湾曲部の湿地帯

から来ている町名だそうです。そのまんまですね。

第二次世界大戦で荒廃した街並みはプラハの春やビロード革命以降

徐々に修復が進められ現在、旧市街は世界文化遺産になっております。






ここでモルダウ川が、このように大きく湾曲しております





美しい赤い屋根の街並み





中世の面影が残る石畳の路地





場所によっては、このように狭い路地もありました

なかなか風情がありました






ところどころ、だまし絵の壁面が美しい





カラフルなアパート(?)が並びます





チェスキークルムロフは、このようにモルダウ川畔に面しております





 
 
 
 





チェスキー・クルムロフの旧市街マップ





チェスキー・クルムロフ城


街の中心に位置するチェスキークルムロフ城は坂を登って行きます。

このような崖の上に築城されております。






優雅な外観を持ち彩色塗装が美しい城の塔





左:城へ通じる石橋  右:入口
 





絶壁にそびえるチェスキークルムロフ城





彩色された優雅な尖塔が特徴のチェスキークルムロフ城全景





聖ヴィート教会
ロジェンベルグ家により14世紀にゴシック様式で

創建された教会ですが、増改築が繰り返され現在は

ネオゴシック様式との混在したものになっております。






教会内部礼拝堂

1683年に完成した主祭壇には聖ヴィートと聖母マリア様が描かれておりました。






チェコ・チェスキークルムロフのムービー





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