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オランダ王国(=オランダ) 2009年11月下旬、JAL直行便でオランダを 旅しました。 オランダの象徴チューリップの季節では ありませんがマウリッツハイス美術館、 国立美術館などで絵画など沢山の美術品を 鑑賞することができました。 一般的にオランダは均整のとれた長身の 人々が多いように思いました。 現地添乗員の説明によると生まれた時から 牛乳、チーズ、バターなど乳製品中心の 食生活で飽食しないのが、このように健康な 人々を育んでいるのだそうです。 オランダ人気質=質素倹約。 |
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| オランダ・ショート・ムービーは ▲ をクリックすれば再生開始します。 | ||||
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| 東京成田国際空港 → オランダ・アムステルダム・スキポール国際空港 → 宿泊ホテル | ||||
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前泊:ホリディイン東武成田 当日の集合が、東京成田国際空港第二ターミナル 北団体ロビーに朝の9時30分と早かったため、 空港前のホテルに前泊。 |
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| ホテルから見えた夕焼けがとても綺麗でした。 今回の旅も、さい先が良さそうです。 |
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成田国際空港 第二旅客ターミナルビル 東京成田国際空港・第二ターミナルの出発ロビーは 今日も沢山の人出です。 |
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| ボーイング B777-200ER 今回は東京成田空港発オランダ・アムステルダム行き 日本航空JL-411直行便。 11:30出発。使用機材はB777-200ERです。 |
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座席は後部の55D(通路側)と55Eの並びでした。 移動距離の長い国際線は通路側に限ります。 ラッキー! |
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| オランダ・アムステルダムへ向けて飛行中の JAL-411便機内の様子です。 周囲には空席が一つもなく満席でした。 |
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![]() 座席モニターの東京時間、現地時間表示○ |
![]() 座席モニターの飛行中コース表示 |
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日本航空の夕食。種類は一種類で選択の余地なし。 ただしビール、ワイン、ソフトドリンクは"勿論" お代わり自由。 |
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| ほろ酔いと、満腹になったところで消灯、 お休みタイム。 明日からの鋭気を養うために、早めに休みます。 |
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なにげなく、ふと外を見ると、そこはシベリヤ上空。 真っ青の空、赤い夕陽に翼端灯が星のように輝き、 Jet Streamに包まれ、やがて夢の中・・ グゥ〜 グゥ〜 ス〜 ♪ |
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| アムステルダム・スキポール国際空港 目が覚めると、ここはオランダ・アムステルダム・ スキポール国際空港 |
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宿泊ホテル:チューリップ・イン・アムステルダム・ リバーサイド。今日は、このままホテルに直行です。 |
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| ホテルの部屋は、なぁ〜にも無く、とても質素でした。 | ![]() |
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| アムステルダム市内観光 | ||||
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当日のホテル朝食。バイキング形式ですが、 栄養に気をつけてバランス良くよそいました。 |
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| アムステルダム市の[ダム]広場。 アムステルダムの[ダム]は 川のダムから来ているそうです。 昔ここにダムが有ったとはとても 信じられない。 |
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アムステルダム中央駅。 東京駅とアムステルダム中央駅とは 姉妹駅だそうです。 皆さんは外観は良く似てると 言ってましたが・・・はたして・・・? |
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| 威風堂々とした、アムステルダム駅の外観。 | ![]() |
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| こちらは新装開店2012年10月現在の東京駅の夜景です。 | ||||
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アムステルダム市街の景観です。 電線が見えなく清掃も行き届いて、 街全体がどっしりと落ちつき、清潔です。 |
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| 路面電車も走ってました。 | ![]() |
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私の八王子市と違い、坂道の無いアムステルダムは 自転車天国でした。 道路は基本的に[車道][自転車道][歩道]の 3区分になってました。 |
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| アムステルダムは又、運河の街でもありました。 このような運河が幾筋も流れてます。 |
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このように建物と運河は一体になってます。 海抜ゼロメートル以下の土地が多いオランダは 運河の管理により成り立ってるように見えました。 |
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| オランダのもう一つの象徴は、 やはり風車ですね。 土地の標高が低い湿地には、必ずと言って 良いほど、風車がありました。 |
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昔は水汲み用、粉引き用などに使用されていた 風車ですが、現在はその役目を終えて 住居用に使用されているものも多いそうです。 風車住居の内部は予想以上に広く、風車を愛する オランダ人の人気物件だそうです。 |
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| アムステルダム市街で記念の一枚。 | ![]() |
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コロッケ発祥はオランダ? 本日の昼食はオランダ・コロッケ。形は円柱形、 現地添乗員さんの説明によるとコロッケ発祥の地は オランダだと熱く言ってました。 しかし以前フランスでもコロッケ発祥はフランスだと 現地人は言ってましたね。コロッケ発祥地をめぐって 戦争が起きなければ良いが(大げさな?) |
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| ガッサン・ダイヤモンド ダイヤモンド研磨、製品取扱いは、 お隣ベルギーが有名ですが、 ここオランダも結構扱ってるそうです。 |
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ガッサン・ダイヤモンド工場見学&直販会。 ダイヤモンドを見た瞬間から、 女性の皆さんの目はダイヤモンドよりも キラキラ輝きだした! 購入者が何人もいたので、びっくりしたな〜、もう。 |
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| 本日の宿泊ホテルに向かう途中のバス車窓。 ここはドーバー海峡で、お天気の良い冬場は 向こうにイギリス本土が見えるそうです。 |
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宿泊ホテル:ホリディ・イン・ガーデンコート。 | |||
| ホテルの夕食。ヨーロッパでは珍しく、まず野菜サラダ。 | ![]() |
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白身の魚のムニエル。 | |||
| ヒュッツ・ポット(オランダ風マッシュポテト)。 こんなに沢山食べられないよう!悲鳴。 |
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チェリー・ビールは地ビールの一種。 ほんのりチェリーの香りがして、とても美味しかった。 ハイネケンだけがオランダ・ビールでは ありませんでした。 |
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写真の上にマウスをのせると、お料理を部分的に拡大して見ることができます。 |
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| オランダ国立美術館 | ||||
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オランダの首都アムステルダムにある美術館で、 フェルメール、レンブラント、ヤン・ステーンなど 錚々たる17世紀の画家の作品を中心に展示してました。 |
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| 手紙を読む青衣の女 ヨハネス・フェルメール作 |
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牛乳を注ぐ女 ヨハネス・フェルメール作 |
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| 夜警 レンブラント・ファン・レイン作 |
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自画像 レンブラント・ファン・レイン作 |
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| 陽気な酒飲み フランク・ハルス作 |
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青い服の娘 フェルスプロンク作 |
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| 鍍金した酒杯のある静物 ウイレム・クラース・ヘダ作 |
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ワイク・バイ・ドゥールステーデの風 ヤーコブ・ファン・ロイスダー作 |
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| スケートをする人々のいる冬景色 ヘンドリック・アーフェルカンプ作 |
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| マウリッツハイス美術館 | ||||
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オランダのデン・ハーグにある美術館です。 オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで 有名だそうですね。 特に世界に三十数点しかないフェルメールの 作品中三点がここに展示されてました。 |
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| 周囲の建築物も美術品級でした。 | ![]() |
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隣接して教会もありました。 | |||
| 真珠の耳飾りの少女 (別名、青いターバンの少女) ヨハネス・フェルメール作 どこか、なにかで一度は見たことが ありますね。 |
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デルフトの眺望 ヨハネス・フェルメール作 |
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| テュルプ博士の解剖学講義 レンブラント・ファン・レイン作 |
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エデンの園 ピーテル・パウル・ルーベンス作 |
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| 大人が歌えば子どもが笛吹く ヤン・ステーン作 |
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雄牛 パウルス・ポッテル作 |
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| 自画像 ロバート・チーズマン作 |
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| 今回はオランダ絵画鑑賞の旅でしたが、オランダと言えば やはりチューリップの国を連想します。 何時かこんどは春に訪れて、やはりチューリップ畑も 見てみたいと思いました。 帰りのアムステルダム・スキポール国際空港で チューリップの球根を売ってましたので購入しました。 綺麗に咲きました。やはり本場の球根はすごいです。 |
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オランダには多くの古代ローマ帝国遺跡が地中に埋まっているようです。 オランダは古代ローマ帝国にとって北辺堺線(ローマ・リメス)として 戦略・通商上重要な位置づけになっていたようです。 今回残念ながらこれらの遺跡を訪れる事は叶いませんでしたが 幾つかWEBで調べてみました。 |
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117年頃の古代ローマ帝国・支配地域 ![]() |
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@ユトレヒト・ローマ帝国北辺堺線・城郭跡 左:再現された城郭跡 右:ローマ時代の想像図(作図:ChatGPT) ![]() |
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Aヘーレンのローマ都市遺跡 ![]() |
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ヘーレンの古代ローマ都市遺跡を発掘した 状況を元に、復元した当時の想像図 作図:ChatGPT ![]() |
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